「テックファシズム」。近年、シリコンバレーの大物たちを批判するときに使われるようになった言葉だ。
巨大テック企業の創業者たちが右派政治と接近し、規制緩和と減税と技術加速を掲げ、民主的な手続きを「遅すぎる」と切り捨てる。これをファシズムと呼ぶ批判である。
レッテルとしてはよくできている。そして議論としては、ほぼ無価値だ。
なぜなら「ファシズム」という語を貼った瞬間、内容の検討が終わってしまうからだ。相手が何を主張しているかではなく、相手が悪であることだけが確定する。これは議論ではなく破門である。
そして日本には、そもそもファシズムと呼ばれるほどの技術勢力が存在しない。あるのは、規制を守る官庁と、規制で守られる業界団体と、それを追認する政治だけだ。
この記事ではテックファシズム批判の中身を検討したうえで、日本に「テック右派」が必要である理由を書く。呼びたければファシストと呼べばいい。呼ばれない代わりに30年沈んだのが我々だ。
テック右派(Tech Right)はこの数年でシリコンバレーで存在感を増す。彼らは政府による規制や民主主義そのものを「無駄で非効率なもの」とみなし、技術による独裁的な統治を理想とする。この考えはトランプ政権と相性が良く、また昨今日本でも見られるネット状況とも通じるところがある。
— 内田聖子/Shoko Uchida (@uchidashoko) December 15, 2024
イーロンはじめ「右派テック」の台頭って結構歴史的に重要な場面なのかもしれない。キーワードは「反慎重」「反お気持ち」「反平等」「非インテリへの冷淡さ」「科学優先・法律軽視」あたり
— 賢木イオ🍀AIイラスト (@studiomasakaki) December 24, 2024
他者への共感が苦手なので、賢い自分が効率的と考えた場合「みんなが嫌がること」でも好んでするのよね。 https://t.co/bLzgfEkkyC
テック右派、正直わりと惹かれるところがある。人間の啓蒙にも自律にも期待せずに動物(家畜)として管理するシステムって、ゼロ年代の動ポモとかと食い合わせがいいと思うんだよね…
— てらまっと (@teramat) February 7, 2025
📊 「テックファシズム」は議論を終わらせるためのレッテルである
📊 批判すべき中身(私的権力の集中)は確かに存在する
📊 だが日本にはそもそも技術勢力が存在しない
📊 日本の政治は規制を守る側にしか代表者がいない
📊 必要なのは規制緩和と技術投資を掲げる政治勢力だ
まず、この語で何が批判されているのかを正確に取り出す。感情を抜いて分解すると、批判は4つに分かれる。
| 批判 | 中身 | 妥当性 |
|---|---|---|
| 権力集中 | ごく少数の企業と個人が社会基盤を握る | 妥当 |
| 民主主義の軽視 | 「遅い」として合意形成を飛ばす | 部分的に妥当 |
| 能力主義の徹底 | 結果を出せない者を切り捨てる | 評価が分かれる |
| 技術による統治 | 人間の判断をアルゴリズムに置換 | 要警戒 |
注:批判の内容を個別に評価したもの
衛星通信網を一社が握り、決済インフラを一社が握り、主要な言論プラットフォームを一人が所有する。これは国家権力より制約が少ない権力である。
国家には選挙も三権分立も情報公開請求もある。民間の巨大プラットフォームには、どれもない。この批判は真面目に受け止めるべきだ。
ファシズムは本来、国家による強制的な動員、暴力装置の独占、政治的異論の物理的な弾圧を伴う体制を指す。
規制緩和を主張することは、その定義のどこにも当てはまらない。むしろ国家権力を縮小しろという主張は、ファシズムの正反対だ。
要するに「気に入らない右派」を指す語として濫用されている。語が濫用されると、本物が来たときに使う言葉がなくなる。これは深刻な問題だ。
2000年代のシリコンバレーは、明確にリベラル寄りだった。それが2020年代に大きく振れた。理由を整理する。
独占禁止法の適用強化、プラットフォーム規制、AI規制、暗号資産への締め付け。抽象的な理念だった規制が、自社の事業を直接止め始めた。
思想は利害で動く。これは非難ではなく観察だ。
2023年、マーク・アンドリーセンが技術楽観主義のマニフェストを発表した。骨子はこうだ。
① 成長を止めようとする言説は敵である
② 技術こそが貧困を解決してきた唯一の要因だ
③ 「持続可能性」「リスク管理」は停滞の別名である
④ エネルギーの豊富さが文明の水準を決める
⑤ 我々は加速する側に立つ
賛否は分かれるだろう。だが「技術が貧困を解決してきた」という点は、統計的に反論が難しい。過去200年の絶対的貧困の減少は、再分配ではなく生産性の向上によってもたらされた。
テック業界の人材評価は徹底した結果主義だ。属性による配慮を求める政治的要求と、この評価原理は正面から衝突する。
この衝突が、業界全体を政治的に右へ動かした。思想的な転向というより、評価原理の防衛である。
ここからが本題だ。日本には、テックファシズムと呼ばれるような勢力が、そもそも存在しない。
| 勢力 | 守るもの | 規制への態度 |
|---|---|---|
| 保守系 | 地方・農業・伝統的秩序 | 規制を維持 |
| リベラル系 | 労働者・社会保障 | 規制を強化 |
| 業界団体系 | 所属業界の参入障壁 | 規制を維持・強化 |
| 官庁 | 所管領域の裁量 | 規制を維持 |
| ポピュリズム系 | 有権者の不満 | 争点により変動 |
| テック右派 | ——存在しない | —— |
注:規制緩和を一貫して主張する主要勢力が不在である点が本質的な問題
見ての通り、規制緩和を一貫して主張する政治勢力が存在しない。だから規制は減らない。誰も減らす動機を持っていないからだ。
理由①:成功したテック企業の絶対数が少ない。ユニコーン8社では、政治的な圧力団体を形成できない。
理由②:成功者が政治的発言を避ける。日本では、経営者が政治的意見を述べると顧客と社員を失うリスクが高い。
理由③:そもそも規制と戦う前に諦めている。戦うより、規制の隙間で小さく儲けるほうが合理的だからだ。
この3つが合わさって、日本には「技術と成長を代表する政治」が空白のまま残った。
「テック至上主義」という批判にも正面から答えておく。
再分配はパイの切り方を変えるだけで、パイを大きくしない。これは算数の問題であって、思想の問題ではない。
労働人口が減り続ける社会でパイを大きくする方法は、一人当たりの生産性を上げること以外に存在しない。そして生産性を上げる方法は技術しかない。
その通りだ。技術は孤独も、老いも、意味の喪失も解決しない。
だが貧困と、労働の苦痛と、病気と、距離の制約については、技術以外の何が解決したのか。実績で答えてほしい。
広げる。同時に、底も上げてきた。
19世紀の富豪でも抗生物質は手に入らなかった。いまの日本では生活保護世帯でもスマートフォンとインターネットが使える。技術が引き上げた生活水準の底は、格差の拡大幅よりはるかに大きい。
格差を測るなら、上との差ではなく、過去の自分との差で測れ。
批判だけでは意味がない。日本にテック右派の勢力があるとしたら、何を掲げるべきか。具体案を出す。
| 分野 | 政策 | 狙い |
|---|---|---|
| 規制 | 規制のサンセット条項を全面導入 | 5年で自動失効させ、必要なものだけ再立法 |
| 特区 | 規制原則不適用都市を1つ作る | ライドシェア・遠隔医療・自動運転を全面解禁 |
| 予算 | 科学技術予算を5兆円規模へ | 財源は高齢者向け給付の伸びの抑制 |
| 電力 | AI・半導体の需要を前提に供給確保 | 電力価格が産業立地を決める時代への対応 |
| 労働 | 解雇の金銭解決を法定化 | 流動性なしに新産業へ人が移らない |
| 税制 | ストックオプション課税の軽減 | 創業者と初期社員に報いる |
| 教育 | 飛び級と早期起業支援 | 横並び教育からの離脱 |
| 行政 | 手続きの原則オンライン化と廃止 | 行政コストそのものを削る |
注:いずれも既存の議論として提起されているが、実行されていない
このリストに「新しい補助金」はほとんどない。止めているものを外し、資源配分を組み替えるだけだ。
日本の産業政策は逆をやってきた。規制は残したまま補助金を配る。結果、規制で守られた企業が補助金も受け取るという最悪の構造ができた。
既存政党にはできない。全員が何らかの業界団体を支持基盤に持っているからだ。
だからこそ、特定業界に紐づかない政治勢力が必要になる。チームみらいのような動きが注目されるのは、そこが空白だったからだ。
問題は、その勢力が「行政の効率化」で止まるか、「既得権益の破壊」まで行くかである。効率化は誰も反対しない。だから効率化だけでは何も変わらない。
最後に、レッテルの扱い方について書く。
日本では「過激だ」と言われた瞬間に議論が終わる。だからみんな穏当なことしか言わない。穏当なことしか言わないので、何も変わらない。
30年間、この国は誰も怒らせずに沈んだ。
① 語の定義を確認しろ——ファシズムとは何を指すのか
② 批判の中身を取り出せ——権力集中の指摘は妥当だ
③ 妥当な部分は認めろ——認めても主張は崩れない
④ 濫用には応じるな——破門は議論ではない
⑤ 結果で語れ——穏当な30年が何を生んだか
テックファシズムと呼びたければ呼べばいい。その代わり、呼ばれなかった30年の成果を先に示してほしい。
ユニコーン8社。科学技術予算1.4兆円。実質賃金は横ばい。国民負担率46.2%。これが、誰も怒らせずに得た結果だ。
この記事のテーマについて、検索でよく問われる疑問に答えておく。
巨大テック企業の創業者が右派政治と接近し、規制緩和と技術加速を掲げ、民主的な合意形成を「遅い」として軽視する動きへの批判的呼称です。ただしファシズムの本来の定義(国家による強制的動員と暴力装置の独占)とは合致しません。
あります。ごく少数の企業と個人が社会基盤を握るという権力集中の指摘は妥当です。国家と違い、民間の巨大プラットフォームには選挙も三権分立も情報公開請求もありません。
①規制強化が自社事業を直接止め始めた、②技術楽観主義が思想として明文化された、③結果主義の評価原理が政治的要求と衝突した——この3つが重なったためです。
実質的にいません。保守系・リベラル系・業界団体系・官庁のいずれも規制を維持または強化する側で、規制緩和を一貫して主張する政治勢力が空白になっています。
技術は孤独も老いも意味の喪失も解決しません。ただし貧困・労働の苦痛・病気・距離の制約を解決してきたのは、再分配ではなく技術です。労働人口が減る社会でパイを大きくする方法は他にありません。
広げます。同時に底も上げてきました。19世紀の富豪でも抗生物質は手に入りませんでした。格差は上との差ではなく、過去の自分との差で測るべきです。
テックファシズムとテック右派について整理してきた。要点をまとめる。
① 「テックファシズム」は議論を終わらせるレッテルとして濫用されている
② ただし私的権力の集中という批判の核は妥当である
③ シリコンバレーの右傾化は規制・思想・評価原理の3要因で説明できる
④ 日本には規制緩和を主張する政治勢力が存在しない
⑤ 必要なのは補助金ではなく止めているものを外すことだ
⑥ 30年間、この国は誰も怒らせずに沈んだ
ファシストと呼ばれるのが嫌で穏当なことしか言わなかった結果が、ユニコーン8社と科学技術予算1.4兆円だ。呼ばせておけ。
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