「テックファシズム」という言葉の中身を分解する

まず、この語で何が批判されているのかを正確に取り出す。感情を抜いて分解すると、批判は4つに分かれる。

テックファシズム批判の中身
批判中身妥当性
権力集中ごく少数の企業と個人が社会基盤を握る妥当
民主主義の軽視「遅い」として合意形成を飛ばす部分的に妥当
能力主義の徹底結果を出せない者を切り捨てる評価が分かれる
技術による統治人間の判断をアルゴリズムに置換要警戒

注:批判の内容を個別に評価したもの

 

妥当な批判:権力集中は現実の問題だ

衛星通信網を一社が握り、決済インフラを一社が握り、主要な言論プラットフォームを一人が所有する。これは国家権力より制約が少ない権力である。

国家には選挙も三権分立も情報公開請求もある。民間の巨大プラットフォームには、どれもない。この批判は真面目に受け止めるべきだ。

妥当でない批判:「ファシズム」という語の濫用

ファシズムは本来、国家による強制的な動員、暴力装置の独占、政治的異論の物理的な弾圧を伴う体制を指す。

規制緩和を主張することは、その定義のどこにも当てはまらない。むしろ国家権力を縮小しろという主張は、ファシズムの正反対だ。

要するに「気に入らない右派」を指す語として濫用されている。語が濫用されると、本物が来たときに使う言葉がなくなる。これは深刻な問題だ。

 

シリコンバレーはなぜ右傾化したのか

2000年代のシリコンバレーは、明確にリベラル寄りだった。それが2020年代に大きく振れた。理由を整理する。

理由①:規制が具体的に自分を殴り始めた

独占禁止法の適用強化、プラットフォーム規制、AI規制、暗号資産への締め付け。抽象的な理念だった規制が、自社の事業を直接止め始めた。

思想は利害で動く。これは非難ではなく観察だ。

理由②:技術楽観主義が思想として明文化された

2023年、マーク・アンドリーセンが技術楽観主義のマニフェストを発表した。骨子はこうだ。

技術楽観主義マニフェストの骨子

① 成長を止めようとする言説はである

② 技術こそが貧困を解決してきた唯一の要因

③ 「持続可能性」「リスク管理」は停滞の別名である

エネルギーの豊富さが文明の水準を決める

⑤ 我々は加速する側に立つ

 

賛否は分かれるだろう。だが「技術が貧困を解決してきた」という点は、統計的に反論が難しい。過去200年の絶対的貧困の減少は、再分配ではなく生産性の向上によってもたらされた。

理由③:能力主義が政治的な争点になった

テック業界の人材評価は徹底した結果主義だ。属性による配慮を求める政治的要求と、この評価原理は正面から衝突する。

この衝突が、業界全体を政治的に右へ動かした。思想的な転向というより、評価原理の防衛である。

世界の絶対的貧困率の推移——技術と成長が減らした再分配ではなく生産性の向上が、貧困を減らしてきた世界の絶対的貧困率の推移——技術と成長が減らした再分配ではなく生産性の向上が、貧困を減らしてきた約80%1820年頃約55%1950年頃約36%1990年約16%2010年約9%2020年代出典:世界銀行等の長期推計に基づく概数
世界の絶対的貧困率の長期推移。減少をもたらしたのは主に生産性の向上である

 

 

日本に「テック右派」は存在しない

ここからが本題だ。日本には、テックファシズムと呼ばれるような勢力が、そもそも存在しない。

日本の政治に存在する勢力を並べてみろ

日本の政治勢力と、その利害
勢力守るもの規制への態度
保守系地方・農業・伝統的秩序規制を維持
リベラル系労働者・社会保障規制を強化
業界団体系所属業界の参入障壁規制を維持・強化
官庁所管領域の裁量規制を維持
ポピュリズム系有権者の不満争点により変動
テック右派——存在しない——

注:規制緩和を一貫して主張する主要勢力が不在である点が本質的な問題

 

見ての通り、規制緩和を一貫して主張する政治勢力が存在しない。だから規制は減らない。誰も減らす動機を持っていないからだ。

なぜ日本でテック勢力が政治化しないのか

理由①:成功したテック企業の絶対数が少ない。ユニコーン8社では、政治的な圧力団体を形成できない。

理由②:成功者が政治的発言を避ける。日本では、経営者が政治的意見を述べると顧客と社員を失うリスクが高い。

理由③:そもそも規制と戦う前に諦めている。戦うより、規制の隙間で小さく儲けるほうが合理的だからだ。

この3つが合わさって、日本には「技術と成長を代表する政治」が空白のまま残った。

政府予算の配分——何を守る国かが数字に出る社会保障が最優先で、技術は端数扱いになっている政府予算の配分——何を守る国かが数字に出る社会保障が最優先で、技術は端数扱いになっている社会保障関係費38.3兆円国債費約28.2兆円地方交付税等約17.8兆円公共事業約6.1兆円防衛約8.7兆円科学技術振興1.4兆円出典:財務省の一般会計歳出の公表値をもとにした概数
国の予算配分。科学技術振興費は社会保障費の約27分の1にとどまる

 

 

「テック至上主義」でいいのか——正面から答える

「テック至上主義」という批判にも正面から答えておく。

技術は万能ではない。だが唯一の増加要因である

再分配はパイの切り方を変えるだけで、パイを大きくしない。これは算数の問題であって、思想の問題ではない。

労働人口が減り続ける社会でパイを大きくする方法は、一人当たりの生産性を上げること以外に存在しない。そして生産性を上げる方法は技術しかない。

「技術で全部解決するわけではない」への回答

その通りだ。技術は孤独も、老いも、意味の喪失も解決しない。

だが貧困と、労働の苦痛と、病気と、距離の制約については、技術以外の何が解決したのか。実績で答えてほしい。

「技術は格差を広げる」への回答

広げる。同時に、底も上げてきた。

19世紀の富豪でも抗生物質は手に入らなかった。いまの日本では生活保護世帯でもスマートフォンとインターネットが使える。技術が引き上げた生活水準の底は、格差の拡大幅よりはるかに大きい。

格差を測るなら、上との差ではなく、過去の自分との差で測れ。

 

日本版テック右派に必要な政策パッケージ

批判だけでは意味がない。日本にテック右派の勢力があるとしたら、何を掲げるべきか。具体案を出す。

日本版テック右派の政策パッケージ
分野政策狙い
規制規制のサンセット条項を全面導入5年で自動失効させ、必要なものだけ再立法
特区規制原則不適用都市を1つ作るライドシェア・遠隔医療・自動運転を全面解禁
予算科学技術予算を5兆円規模財源は高齢者向け給付の伸びの抑制
電力AI・半導体の需要を前提に供給確保電力価格が産業立地を決める時代への対応
労働解雇の金銭解決を法定化流動性なしに新産業へ人が移らない
税制ストックオプション課税の軽減創業者と初期社員に報いる
教育飛び級と早期起業支援横並び教育からの離脱
行政手続きの原則オンライン化と廃止行政コストそのものを削る

注:いずれも既存の議論として提起されているが、実行されていない

 

共通しているのは「配る」ではなく「外す」

このリストに「新しい補助金」はほとんどない。止めているものを外し、資源配分を組み替えるだけだ。

日本の産業政策は逆をやってきた。規制は残したまま補助金を配る。結果、規制で守られた企業が補助金も受け取るという最悪の構造ができた。

誰がこれをやるのか

既存政党にはできない。全員が何らかの業界団体を支持基盤に持っているからだ。

だからこそ、特定業界に紐づかない政治勢力が必要になる。チームみらいのような動きが注目されるのは、そこが空白だったからだ。

問題は、その勢力が「行政の効率化」で止まるか、「既得権益の破壊」まで行くかである。効率化は誰も反対しない。だから効率化だけでは何も変わらない。

 

ファシストと呼ばれることを恐れるな

最後に、レッテルの扱い方について書く。

日本では「過激だ」と言われた瞬間に議論が終わる。だからみんな穏当なことしか言わない。穏当なことしか言わないので、何も変わらない。

30年間、この国は誰も怒らせずに沈んだ。

レッテルを貼られたときの対処法

語の定義を確認しろ——ファシズムとは何を指すのか

批判の中身を取り出せ——権力集中の指摘は妥当だ

妥当な部分は認めろ——認めても主張は崩れない

濫用には応じるな——破門は議論ではない

結果で語れ——穏当な30年が何を生んだか

 

テックファシズムと呼びたければ呼べばいい。その代わり、呼ばれなかった30年の成果を先に示してほしい。

ユニコーン8社。科学技術予算1.4兆円。実質賃金は横ばい。国民負担率46.2%。これが、誰も怒らせずに得た結果だ。

 

よくある質問

この記事のテーマについて、検索でよく問われる疑問に答えておく。

テックファシズムとは何ですか?

巨大テック企業の創業者が右派政治と接近し、規制緩和と技術加速を掲げ、民主的な合意形成を「遅い」として軽視する動きへの批判的呼称です。ただしファシズムの本来の定義(国家による強制的動員と暴力装置の独占)とは合致しません。

テックファシズム批判に妥当な部分はありますか?

あります。ごく少数の企業と個人が社会基盤を握るという権力集中の指摘は妥当です。国家と違い、民間の巨大プラットフォームには選挙も三権分立も情報公開請求もありません。

シリコンバレーはなぜ右傾化したのですか?

①規制強化が自社事業を直接止め始めた、②技術楽観主義が思想として明文化された、③結果主義の評価原理が政治的要求と衝突した——この3つが重なったためです。

日本にテック右派はいますか?

実質的にいません。保守系・リベラル系・業界団体系・官庁のいずれも規制を維持または強化する側で、規制緩和を一貫して主張する政治勢力が空白になっています。

テック至上主義は行き過ぎではないですか?

技術は孤独も老いも意味の喪失も解決しません。ただし貧困・労働の苦痛・病気・距離の制約を解決してきたのは、再分配ではなく技術です。労働人口が減る社会でパイを大きくする方法は他にありません。

技術は格差を広げませんか?

広げます。同時に底も上げてきました。19世紀の富豪でも抗生物質は手に入りませんでした。格差は上との差ではなく、過去の自分との差で測るべきです。

 

まとめ——この記事の要点

テックファシズムとテック右派について整理してきた。要点をまとめる。

穏当な30年と、その結果誰も怒らせない選択が、何をもたらしたか穏当な30年と、その結果誰も怒らせない選択が、何をもたらしたか掲げた理念実際の結果分配のあり方みんなで少しずつ全員が貧しく競争への態度行き過ぎた競争を回避ユニコーン8社規制の名目安全のため新産業が生まれない社会保障充実させる国民負担率46.2%雇用安定を守る実質賃金は横ばい注:日本が掲げてきた理念と、30年後の結果の対比
穏当な理念を掲げ続けた30年の結果

 

この記事の要点

① 「テックファシズム」は議論を終わらせるレッテルとして濫用されている

② ただし私的権力の集中という批判の核は妥当である

③ シリコンバレーの右傾化は規制・思想・評価原理の3要因で説明できる

④ 日本には規制緩和を主張する政治勢力が存在しない

⑤ 必要なのは補助金ではなく止めているものを外すこと

⑥ 30年間、この国は誰も怒らせずに沈んだ

 

ファシストと呼ばれるのが嫌で穏当なことしか言わなかった結果が、ユニコーン8社と科学技術予算1.4兆円だ。呼ばせておけ。