「既得権益の何が悪い」に、正面から答える

この問いに答えるには、既得権益を2種類に分ける必要がある。

2種類の「既得権益」——決定的に違う
種類中身評価
実力型良い製品を作って市場で勝った✅ 問題なし
実力型先行投資して規模の経済を得た✅ 問題なし
実力型特許を取って一定期間独占✅ 制度上の正当な保護
参入禁止型法律で新規参入を禁じている❌ 他人の自由の侵害
参入禁止型免許・許認可の総量を制限❌ 価格を人為的に吊り上げ
参入禁止型業界団体の同意を要件化❌ 競争相手に拒否権を与える

注:批判の対象は下3つ。上3つは市場競争の正当な結果である

 

決定的な違いは「他人の選択肢を奪っているか」

実力型は、消費者が自発的に選んだ結果だ。嫌なら他を選べる。

参入禁止型は違う。選ぼうにも、選択肢が法律で存在を禁じられている。

ライドシェアが禁止されていた間、あなたはタクシーを選んだのではない。他に選択肢がなかっただけだ。これを「自由な市場での勝利」とは呼ばない。

「安全のため」という反論について

必ず出てくる反論だ。安全確保が目的なら、参入禁止ではなく安全基準の設定で足りる。

基準を満たせば誰でも参入できるのが安全規制。基準を満たしても既存事業者が反対すれば入れないのが、参入禁止だ。この2つを混同させることで、既得権益は正当化されてきた。

 

日本が「既得権益だらけ」である実態

具体的に見ていく。「日本 既得権益 だらけ」という検索が示す感覚は、正確だ。

業界別・参入障壁の実態
業界障壁の形結果
タクシー営業区域・台数規制、ライドシェアの制限供給不足と価格高止まり
医療医学部定員の管理、開業規制の議論診療科と地域の偏在
薬局対面原則が長く維持されたオンライン化の遅れ
放送・電波比較審査で割当、オークション不採用新規参入がほぼ不可能
農業農地法による企業の農地所有制限大規模化・法人化の遅れ
漁業漁業権の実質的な優先配分養殖への企業参入が困難
宿泊民泊の年間180日制限Airbnb物件が8割減少
酒類販売免許制流通形態の固定化
士業独占業務の広い設定価格競争が起きにくい
港湾・物流慣行的な調整効率化の遅れ

注:規制の目的自体が不当とは限らないが、結果として参入障壁になっている

 

共通しているパターン

見ていくと、必ず同じ構造が出てくる。

参入障壁の作られ方——共通パターン

「安全」「秩序」「品質」を理由に規制を作る

② 規制の運用に業界団体の関与を組み込む

③ 業界団体が新規参入に事実上の拒否権を持つ

④ 所管官庁は裁量権が増えるので反対しない

⑤ 政治家は票と献金を得るので触れない

⑥ 消費者は存在しない選択肢を惜しめない

 

⑥が最も重要だ。失われた選択肢は、そもそも見えない。存在しなかったサービス、生まれなかった企業、なかった転職先を、人は惜しめない。

だから既得権益は世論の反発を受けずに温存される。被害が可視化されないからだ。

 

既得権益が、あなたの賃金を下げている仕組み

ここが本題だ。既得権益は「ずるい人がいる」という道徳の話ではない。あなたの手取りの話だ。

経路①:転職先が生まれない

賃金が上がる最大の要因は、「他社があなたを高く買おうとすること」だ。

新しい会社が生まれない社会では、この競り上げが起きない。ユニコーン8社の国では、高給を出して人を奪いにくる新興企業が、そもそも存在しない。

経路②:生産性の低い企業が退出しない

規制で守られた業界では、効率の悪い事業者も退場しない。

本来なら、生産性の低い企業が退出し、その人材が生産性の高い企業へ移ることで、社会全体の賃金が上がる。この新陳代謝が止まっている。

経路③:価格が高いまま据え置かれる

参入がないので価格競争が起きない。あなたが払う料金は、競争があった場合より高い。

これは実質的な増税だ。しかも税と違って、公共サービスとして戻ってこない。

既得権益が賃金を押し下げる経路参入禁止は、めぐりめぐって現役世代の手取りを削る既得権益が賃金を押し下げる経路参入禁止は、めぐりめぐって現役世代の手取りを削る参入の法的禁止新規参入ができない賃金の停滞現役世代の手取りが増えない新規企業が生まれないユニコーン8社転職の選択肢が増えない賃金の競り上げなし低生産性企業が退出しない人材が移動しない価格競争が起きない生活コストが高止まり注:参入規制から賃金停滞に至る因果経路を整理したもの
参入禁止が新規企業の不在を通じて賃金停滞につながる経路

 

数字で見る

日本の開業率は長らく5%前後で推移しており、欧米の10%前後と比べて明確に低い。廃業率も低い。

これは「安定している」のではなく「動いていない」ということだ。入ってこないし、出ていかない。そういう経済で賃金が上がる理由がない。

 

「既得権益にしがみつく」人たちの言い分を検討する

批判するなら、相手の言い分も検討する。典型的な4つの主張に答える。

言い分①「私たちが品質を守っている」

それなら品質基準を公開し、満たした者は誰でも参入させればいい。

基準を満たしても入れないなら、それは品質の話ではなく数の話だ。守っているのは品質ではなく、価格である。

言い分②「無秩序な競争は消費者を害する」

害した実例を出してほしい。ライドシェアが解禁された国で、消費者が不利益を被ったという明確な証拠があるのか。

事故率も価格も待ち時間も、多くの国で改善している。不利益を被ったのは消費者ではなく、既存事業者だ。

言い分③「地方の生活を守っている」

この論法は強力だ。だが実際には逆になっている。

地方こそ交通が不足し、医療が不足し、店舗が減っている。規制が守っているのは、その地方で既に営業している事業者であって、地方住民ではない。

言い分④「雇用を守っている」

守っているのは、既にその業界にいる人の雇用だけだ。

生まれなかった産業の雇用は、統計に出てこない。守られた雇用は見えるが、生まれなかった雇用は見えない。この非対称性が、規制擁護論の根拠になっている。

参入規制の言い分と、実際に守られているもの掲げられた目的と、実際の受益者はしばしば一致しない参入規制の言い分と、実際に守られているもの掲げられた目的と、実際の受益者はしばしば一致しない掲げられた目的実際に守られているもの品質の維持品質基準価格水準消費者保護利用者の安全既存事業者の売上地方の生活住民の利便地元の既存事業者雇用の安定働く人全体既に業界にいる人だけ秩序の維持公正な市場参入者の不在注:規制の名目と実際の受益者の対比
参入規制の名目と、実際に保護されている対象の対比

 

 

既得権益を壊す具体的な方法

批判で終わらせない。実際に壊す方法を挙げる。

既得権益を壊す実行案
手段中身効果
サンセット条項全規制に5年の有効期限を設ける存続には再立法が必要になり、常に検証が入る
規制影響評価の義務化新規制に参入への影響の定量評価を必須化「安全のため」の濫用を抑止
業界団体の関与排除許認可の審査から利害関係者を外す競争相手が拒否権を持つ構造を解消
規制不適用特区一都市で原則すべての参入規制を停止実データで安全性の議論に決着をつける
電波オークション割当を入札制に変更数千億円規模の国庫収入と新規参入
ネガティブリスト化禁止行為だけを列挙し他は自由に許可主義から脱却する

注:いずれも国内外で提案・実施例のある手法

 

最も効くのはサンセット条項だ

規制を廃止するのは政治的に極めて難しい。廃止には反対する集団がいるが、賛成する集団はいないからだ。

だが「何もしなければ自動的に失効する」という設計なら、話が逆になる。存続させたい側が、存続の必要性を立証しなければならない。立証責任が入れ替わる。

これは制度設計上の一手で、政治的コストが最も低い。

「規制不適用特区」も効く

全国一斉の改革は必ず潰される。だが一都市なら、抵抗の規模が小さい。

そして実際に事故が起きなければ、「危険だ」という主張は反証される。議論ではなくデータで決着をつけられる。

 

結論——既得権益は道徳の問題ではない

既得権益を批判するとき、「ずるい」「不公平だ」という道徳の言葉を使うのは間違いだ。

道徳の話にすると、必ず「彼らも生活がある」という反論で止まる。そして止まる。30年間、それで止まってきた。

これは経済の問題だ。参入が禁止されている国では、新しい企業が生まれない。生まれないから転職先がない。転職先がないから賃金が上がらない。

結論

① 悪いのは利益ではなく参入を法律で禁じていること

② 実力による優位と、参入禁止による優位は全く違う

③ 「安全のため」なら基準の設定で足りる。禁止は不要

④ 失われた選択肢は見えないので被害が可視化されない

⑤ 参入がないから賃金の競り上げが起きない

⑥ 最も効く一手はサンセット条項である

 

既得権益の何が悪いか。あなたの給料が上がらない理由が、それだ。

 

よくある質問

この記事のテーマについて、検索でよく問われる疑問に答えておく。

既得権益の何が悪いのですか?

利益を得ること自体は悪くありません。悪いのは、法律で他人の参入を禁止していることです。実力で市場に勝つのと、競争相手の存在を法的に禁じるのは全く違います。

安全のための規制は必要では?

必要です。ただし安全確保が目的なら、参入禁止ではなく安全基準の設定で足ります。基準を満たしても既存事業者の反対で入れないなら、それは安全規制ではなく参入規制です。

日本は本当に既得権益だらけなのですか?

タクシー・医療・薬局・電波・農地・漁業権・民泊・酒販・士業など、参入に許可が必要で、その運用に業界団体が関与している産業が広範に存在します。

既得権益と自分の給料に関係があるのですか?

直結しています。賃金が上がる最大の要因は他社が高く買おうとすることですが、新規参入が禁じられていると、その競り上げ役の企業が生まれません。日本のユニコーンは8社です。

既得権益を壊す現実的な方法はありますか?

最も効果的なのはサンセット条項(全規制に5年の有効期限を設ける)です。廃止には反対集団がいますが、自動失効なら存続させたい側に立証責任が移ります。

規制緩和で雇用が失われませんか?

既存業界の雇用は失われます。ただし生まれなかった産業の雇用は統計に出ません。守られた雇用は見え、生まれなかった雇用は見えない——この非対称性が規制擁護論の根拠になっています。

 

まとめ——この記事の要点

既得権益の問題を整理してきた。要点をまとめる。

開業率の国際比較——動いていない経済入ってこないし、出ていかない。だから賃金も動かない開業率の国際比較——動いていない経済入ってこないし、出ていかない。だから賃金も動かない英国約12%米国約9%フランス約10%ドイツ約7%日本約5%出典:各国の開業率統計をもとにした概数比較
開業率の国際比較。日本は新規参入が構造的に少ない

 

この記事の要点

① 悪いのは利益ではなく法律で参入を禁じていること

② 実力型と参入禁止型を混同させることで正当化されてきた

③ 安全確保が目的なら基準の設定で足りる

④ 参入がないので新規企業も転職先も賃金上昇も起きない

失われた選択肢は見えないので、被害が可視化されない

⑥ 最も効く一手はサンセット条項規制不適用特区である

 

既得権益は道徳の話ではない。給与明細の話だ。誰かの参入が禁止されているぶん、あなたの給料が上がっていない。