農協は何をしている組織なのか

まず構造を把握する。「農協」と一言で呼ばれるが、実際は多層のグループだ。

農協グループの主な構成と事業
組織役割事業の実態
単位農協(JA)地域の組合金融・共済・購買・販売を一括して担う
信用事業実質的な銀行業貯金の受入と貸付
共済事業実質的な保険業生命・建物・自動車共済
購買事業資材の供給肥料・農薬・農機を系統を通じて販売
販売事業農産物の集荷販売共同販売(共販)で価格を集約
全国連合会全国組織金融・共済の資金を全国で運用
中央会指導・代表2015年改革で位置づけが変更された

注:組織構成は改革により変化しているが、事業の複合性は維持されている

 

本業はどこか

収益の柱は金融と共済だ。農産物の販売や資材の購買だけでは、この規模の組織は維持できない。

つまり「農業のための組織」ではなく「農村を基盤にした金融・保険グループ」である。

この認識が出発点だ。農協が農業に不利な選択をすることがあるのは、農業が本業ではないからだ。矛盾ではなく、構造上そうなる。

准組合員問題

農協の組合員には、農業を営む「正組合員」と、農業をしていない地域住民などの「准組合員」がいる。

そして准組合員の数が正組合員を上回っている。農協の金融・共済サービスを利用するために加入している層である。

農家より非農家が多い農業団体が、農政に強い影響力を持っている。「農協はやばい」と言われる理由の一つがこれだ。

農協の組合員構成——農家より非農家が多い農業団体でありながら、構成員の過半が農業をしていない農協の組合員構成——農家より非農家が多い農業団体でありながら、構成員の過半が農業をしていない約61%約39%農協組合員の構成(概数)准組合員(非農業)約61%正組合員(農業者)約39%注:農林水産省等の公表資料をもとにした概数。年により変動する
農協の組合員構成。非農業者である准組合員が正組合員を上回っている

 

 

「農協 時代遅れ」と言われる理由

理由①:全量出荷と一律価格

共同販売(共販)は生産物を集めて等級ごとに一括して売る仕組みだ。

安定はする。だが、良いものを作っても価格に反映されにくい。努力が報われない設計である。

結果、独自に販路を開拓できる意欲的な農家ほど、農協から離れていく。残るのは、独立できない層だけだ。

理由②:資材価格の高さ

肥料・農薬・農機を系統ルートで購入する構造は、スケールメリットを生むはずだった。

実際には、独自に輸入したり直接調達したりするほうが安い場合が少なくない。これが農家の間で長く不満の種になってきた。

買い手として競争にさらされていない組織は、価格を下げる圧力を受けない。当然の帰結だ。

理由③:金融が本業になり、農業が従属した

金融と共済が収益の柱である以上、組織の合理的な行動は「組合員数を維持すること」になる。

農業の生産性を上げることではない。むしろ大規模化・法人化が進んで農家の数が減ると、組合員基盤が縮む。

構造的に、農業の近代化と利害が対立している。これが最も深刻な問題だ。

理由④:政治力

全国に張り巡らされた組織網は、選挙において強力な集票装置として機能してきた。

だから農政の改革は、常に途中で止まる。2015年の農協改革も、中央会の位置づけ変更にとどまり、事業構造の分離までは至らなかった。

農協の利害と、日本農業の利害はずれている組織として合理的な行動が、農業の近代化を妨げる農協の利害と、日本農業の利害はずれている組織として合理的な行動が、農業の近代化を妨げる農業に必要なこと農協にとって合理的なこと経営規模大規模化する農家数を維持する担い手法人・企業の参入組合員以外を入れない価格品質で差をつける一律で集約する資材最安値で調達系統ルートを維持収益源農産物の付加価値金融・共済の手数料注:組織の合理性と産業の合理性の乖離を整理したもの
農業の近代化に必要なことと、農協にとって合理的なことのずれ

 

 

農地法——企業を入れないための法律

「既得権益 農業」の核心は、実は農協ではなく農地法にある。

何が制限されているのか

農地法は、農地の所有・利用を厳しく制限している。

一般企業による農地の所有は原則として認められておらず、リース方式での参入は可能になったものの、所有と経営の自由度は他産業と比べて著しく低い。

農地の取得には農業委員会の許可が必要で、その農業委員会は地域の農業者で構成されている。つまり、既存の農業者が新規参入の可否を判断する構造だ。

これが何を意味するか

「競争相手が、競争相手の参入を審査する」——参入障壁の典型的な形である。

タクシー業界も、医療も、漁業も、まったく同じ構造をしている。業界団体が許認可の運用に組み込まれ、事実上の拒否権を持つ。

企業の農地参入が制限された結果
本来起きるはずだったこと実際に起きたこと
資本を投下した大規模化小規模な家族経営が主流のまま
機械化・自動化への投資投資回収の見通しが立たず進まない
若い担い手の参入平均年齢68歳超
耕作放棄地の再利用耕作放棄地が拡大
輸出を意識した品質競争国内向け中心の構造が継続
流通の効率化系統流通が温存

注:参入制限の影響として指摘されている論点を整理したもの

 

「農地が投機対象になる」という反論

典型的な反論だ。これは農地転用の規制で対処すべき問題であり、参入禁止で対処すべき問題ではない。

「農地として使い続けること」を条件にすればいい。使わなくなったら取り上げる仕組みにすればいい。誰が持つかではなく、どう使うかを規制すべきだ。

いま起きているのは逆だ。所有者は制限されているが、耕作放棄は事実上放置されている。規制の向きが間違っている。

 

減反と補助金——生産を減らすために金を払う国

日本の農政の異常さを最も端的に示すのが、生産調整(減反)だ。

生産を減らすと補助金が出る

米の生産調整は2018年に「廃止」された。だが実態としては、水田を米以外に転換すると交付金が出る仕組みが続いている。

名目上の廃止と、実質的な継続。日本の政策改革の典型的なパターンだ。

これが何をもたらしたか

価格を維持するために供給を絞る。その結果、消費者は高い米を買い、農家は生産を増やせず、産業としての規模は縮小し続けた。

そして輸出で勝負するという選択肢が、構造的に潰された。国内価格を高く維持している国の農産物は、国際市場で戦えない。

比較——オランダを見ろ

オランダは日本の九州程度の国土面積で、農産物輸出額が世界2位クラスに達している。

施設園芸への徹底した資本投下、大規模化、輸出志向。国土が狭いことは、農業競争力の制約にならない。

日本の農業を縛っているのは面積ではない。制度だ。

農業を縛っているのは何か——面積ではない国土が狭くても、制度が違えば農業は輸出産業になる農業を縛っているのは何か——面積ではない国土が狭くても、制度が違えば農業は輸出産業になるオランダの農産物輸出(世界順位)世界2位クラス日本の農産物輸出相対的に小規模オランダの平均経営規模大規模・資本集約日本の平均経営規模小規模・家族経営日本の農業者平均年齢68歳超注:指標の性質が異なるため、相対的な位置づけを示す図である
オランダとの比較。国土面積ではなく制度が農業競争力を規定している

 

 

どう壊すか——農業を産業に戻す

批判だけでは意味がない。具体案を出す。

農業を産業に戻す実行案
対象具体策狙い
農地法企業の農地所有を原則自由化資本を投下できる主体を増やす
農業委員会許可権限から利害関係者を排除競争相手の拒否権を解消
耕作放棄一定期間の放棄で権利を失う制度所有ではなく利用を規制する
農協信用・共済事業を分離農業事業を単体で成立させる
准組合員議決権の扱いを明確化農業者の意思を農政に反映させる
生産調整交付金による実質的な調整を終了増産と輸出への転換
補助金面積比例から生産性連動努力が報われる設計に
関税段階的に引き下げ国際競争のなかで淘汰と集約を促す

注:いずれも国内外の農政議論で提起されている論点

 

最も重要なのは信用・共済の分離だ

ここが本丸である。金融と共済が収益の柱である限り、農協にとって農業の近代化は利益にならない。

事業を分離すれば、農業部門は農業で採算を取るしかなくなる。そうなって初めて、農家の所得を上げるインセンティブが生まれる。

「食料安全保障はどうする」への回答

最も強力な反論だ。正面から答える。

食料安全保障を本気で考えるなら、いまの構造こそ最大のリスクだ。担い手の平均年齢は68歳を超え、耕作放棄地は増え続けている。

あと10年で、この構造は自然に崩壊する。守っているのではない。崩壊を先送りしているだけだ。

本当の食料安全保障は、資本と技術を投下できる大規模経営体を、いまのうちに育てることである。高齢の小規模農家を延命させることではない。

 

結論——守られていたのは農業ではない

整理する。

農協は農業団体ではなく、農村を基盤にした金融・共済グループだ。だから農業の近代化と構造的に利害が対立する。

農地法は農業を守る法律ではなく、既存の農業者以外を入れないための法律として機能してきた。

生産調整は、産業の規模を意図的に縮小させ続けた。

この記事の結論

① 農協の本業は金融と共済である

准組合員が正組合員を上回る——農家より非農家が多い

③ 組織の合理性が農業の近代化と対立している

④ 農地法は競争相手が参入を審査する構造になっている

⑤ 平均年齢68歳超・自給率38%——守った結果がこれだ

⑥ 最優先は信用・共済事業の分離である

 

50年守って、平均年齢68歳、自給率38%、耕作放棄地の拡大。守られていたのは農業ではない。組織だ。

 

よくある質問

この記事のテーマについて、検索でよく問われる疑問に答えておく。

農協はなぜ「やばい」と言われるのですか?

農業団体でありながら収益の柱が金融と共済であり、准組合員(非農業者)が正組合員(農業者)を上回っているためです。組織として合理的な行動が、農業の近代化と対立する構造になっています。

農協は農業を守っていないのですか?

結果を見る限り守れていません。農業就業者の平均年齢は68歳を超え、耕作放棄地は拡大し、食料自給率はカロリーベースで38%です。組織は維持されましたが、産業は縮小しました。

農地法の何が問題なのですか?

企業の農地所有が原則制限されており、農地取得の許可を出す農業委員会が地域の農業者で構成されている点です。競争相手が新規参入の可否を判断する構造になっています。

企業が農地を持つと投機対象になりませんか?

それは転用規制と利用義務で対処すべき問題で、参入禁止で対処すべき問題ではありません。誰が持つかではなく、どう使うかを規制すべきです。現状は所有を規制する一方で耕作放棄が放置されています。

減反は廃止されたのでは?

2018年に名目上は廃止されました。ただし水田を米以外に転換すると交付金が出る仕組みが続いており、実質的な生産調整は残っています。

食料安全保障のために農業は保護すべきでは?

本気で考えるなら、担い手の平均年齢68歳という現状こそ最大のリスクです。あと10年でこの構造は自然に崩壊します。必要なのは資本と技術を投下できる経営体を今のうちに育てることです。

 

まとめ——この記事の要点

農協と農業の既得権益について整理してきた。要点をまとめる。

農業を守るとはどういうことか組織を守ることと、産業を守ることは同じではない農業を守るとはどういうことか組織を守ることと、産業を守ることは同じではない組織を守った結果産業を守るなら担い手平均年齢68歳超資本を持つ経営体の育成経営規模小規模家族経営が主流大規模化・法人化参入農業委員会が審査原則自由化価格生産調整で維持品質と輸出で勝負農地所有を制限利用義務を課す注:現状の帰結と、産業として成立させる場合の方向性の対比
組織を守った結果と、産業として守る場合の方向性の対比

 

この記事の要点

① 農協の本業は金融と共済であり、農業は一部門にすぎない

准組合員が正組合員を上回る——農家より非農家が多い

③ 組合員基盤の維持が目的化し、大規模化と利害が対立する

④ 農地法は競争相手が参入を審査する典型的な参入障壁だ

⑤ 生産調整は名目上廃止、実質は継続している

⑥ 最優先の改革は信用・共済事業の分離である

 

国土が狭いから農業が弱いのではない。オランダは九州程度の面積で農産物輸出世界2位クラスだ。縛っているのは面積ではなく制度である。