なぜ病院は老人で埋まるのか——制度がそう設計されているから

「老人が病院に行きすぎ」という感覚は、印象論ではなく制度から説明できる。行けば行くほど得をするように設計されているからだ。

1割負担だと「とりあえず行っておく」が合理的になる

医療費が1回3,000円かかるとして、3割負担なら窓口で900円払う。1割負担なら300円だ。同じサービスが3分の1の値段で買える。

経済学的に言えば、価格が下がれば需要は増える。当たり前の話だ。300円で医師に診てもらえて薬までもらえるなら、多少の不調でも行く。これは老人の性格の問題ではなく、価格設定の問題である。

さらに高額療養費制度があり、月の自己負担には上限が設けられている。低所得の高齢者なら月8,000円程度で頭打ちになるケースもある。つまり一定額を超えたら、それ以上いくら受診しても実質タダということだ。

時間コストがゼロだから待ち時間が苦にならない

現役世代が平日の午前に病院へ行くには、半休を取るか、有給を消化するか、収入を削るしかない。受診の実コストには時間が含まれる。

一方、退職した高齢者にとって時間コストはほぼゼロだ。2時間待っても失うものがない。むしろ人と話せる場として機能している面すらある。この非対称が、待合室の年齢構成をそのまま説明する。

年齢層別・一人当たり年間医療費使う額は現役世代の約6倍。それでも窓口負担は3分の1年齢層別・一人当たり年間医療費使う額は現役世代の約6倍。それでも窓口負担は3分の115〜44歳(主な現役世代)約16万円(基準)0〜14歳約19万円45〜64歳約35万円65〜74歳(前期高齢者)約56万円75歳以上(後期高齢者)約90〜95万円使う量が最も多い層の窓口負担が最も軽い。制度設計として完全に逆立ちしている
75歳以上の医療費は現役世代の約6倍

 

受診回数そのものが桁違いに多い

日本の外来受診回数は年間1人あたり約11〜12回で、OECD平均(約6回)の倍近い。世界的に見ても異常な多さだ。その大半を押し上げているのが高齢者の定期通院である。

血圧、糖尿病、整形外科——週1〜2回の通院が積み重なる。外来費用は医療費全体の約30〜35%を占める。「ちょっと様子を見に」の積み重ねが、兆円単位の支出になっている。

 

その費用は誰が払っているのか——本人負担はたった1割

ここからが本題だ。老人が病院に行くこと自体は、正直どうでもいい。問題は、その請求書があなたに回ってきていることである。

後期高齢者医療制度は誰が払っているか75歳以上の医療費の財源構成(2024年度・概算)後期高齢者医療制度は誰が払っているか75歳以上の医療費の財源構成(2024年度・概算)50%40%10%財源構成比(合計100%)公費(税金)——全納税者が負担50%後期高齢者支援金——現役世代の健保から40%後期高齢者本人の保険料10%サービスを使う本人が払っているのは1割だけ。残る9割を税と現役世代の保険料が埋めている
後期高齢者医療:本人負担は財源のわずか10%

 

給与明細に書かれない「後期高齢者支援金」

あなたの給与明細に「後期高齢者支援金」という項目は無い。「健康保険料」という一行にまとめられているからだ。

だがその中身を分解すると、健康保険料の約15〜20%が後期高齢者支援金として抜かれている。あなたが自分の医療のために払っているつもりの金の5分の1前後が、75歳以上の医療費に直行している。

現役世代から高齢者医療・介護へ流れる金額(概算・2024年)
項目年間総額年収500万円の負担額
後期高齢者支援金(75歳以上向け)約7.5兆円年間約4〜5万円
前期高齢者納付金(65〜74歳の医療費調整)約5.5〜6兆円年間約3〜4万円
介護納付金(40〜64歳の介護保険拠出)約3.5兆円年間約4〜4.5万円
合計約16〜17兆円/年年間約11〜13.5万円

※概算値。年度・加入する健保組合等により変動。介護納付金は40歳以上のみ。

 

年収500万円の会社員なら、年間11〜13.5万円を高齢者の医療・介護のために払っている。月にして約1万円。この金は自分の治療には一切使われない。

 

 

世界と比べても日本の高齢者は守られすぎている

「高齢者の負担を上げるなんて冷酷だ」と言う人間は、他国が何をしているか知らない。

主要国の高齢者医療の自己負担(2024年頃)
高齢者の自己負担評価
日本原則1割(2022年改革で一部2割に拡大)OECD中でも最低水準
アメリカメディケア加入者も20%負担(限度額なし)高齢者でも相応の負担
ドイツ法定疾病保険で10〜20%程度の一部負担現役と同等の負担構造
韓国外来20〜60%程度(入院10〜20%)日本より明確に重い
スウェーデン受診1回あたり定額(約1,500〜2,000円)・年間上限あり定額で普遍性を担保

※制度設計は国により大きく異なるため単純比較はできないが、日本の高齢者自己負担が国際的に軽い部類であることは共通した指摘である。

 

日本だけが突出して高齢者に甘い。そしてその甘さの費用を、現役世代の保険料で埋めている。他国は「高齢者にも相応に払わせる」ことで制度を維持しているのに、日本は「現役から取れば済む」で済ませてきた。

なぜ変わらないのか——票の数で決まっているから

答えは単純だ。高齢者の票のほうが多く、しかも投票率が高いからである。

世代別の政治的な影響力(2024年時点)
年齢層有権者数(概算)投票率政治的影響力
65歳以上約3,800万人(有権者の約35%)約70〜75%圧倒的
50〜64歳約2,800万人(約25%)約65〜70%高い
30〜49歳約3,200万人(約29%)約40〜55%低い
18〜29歳約1,200万人(約11%)約30〜35%極めて低い

 

自分の窓口負担を上げる政治家に、高齢者が票を入れるわけがない。民主主義の多数決が、そのまま現役世代への課税装置として機能している。これは陰謀ではなく、単なる算数だ。

 

ムカつくのは正しい。使った人が相応に払う、という当たり前に戻せ

待合室の老人個人に怒っても何も変わらない。彼らは制度が用意したインセンティブに合理的に反応しているだけだからだ。1割で受診できるなら受診する。誰でもそうする。

変えるべきは制度のほうだ。具体的には次の3つに集約される。

現役世代が要求すべき医療制度改革

高齢者の窓口負担を原則2〜3割へ引き上げる——支援金を年2〜3兆円削減可能。現役世代の負担が月5,000〜10,000円軽くなる

資産に応じた自己負担の設計——貯蓄・不動産を持つ高齢者には相応の負担を。本当に困窮する層だけ1割以下に

多剤処方の適正化とジェネリック義務化——薬剤費を10〜20%削減可能

 

使った人が相応に払う、という当たり前に戻せというだけの話だ。払わない高齢者は切り捨てろ。それを冷酷と呼ぶなら、現役世代から黙って月1万円抜き続ける現行制度のほうがよほど冷酷である。

個人レベルでできること

制度は当面変わらない。だから並行して、自分の負担を制度的に減らす手を打つ必要がある。社会保険料は働き方を変えるだけで年間70万円規模で変わる。

社会保険料をブッちぎりで下げる5つの方法【マイクロ法人・iDeCo・合法】

 

コンビニ受診とフリーアクセス——日本の医療制度が抱える構造欠陥

日本の医療制度には世界的にも珍しい特徴がある。フリーアクセスだ。紹介状なしで、どの医療機関でも、いつでも受診できる。

これは患者の利便性という点では優れている。だが同時に、受診行動を制御する仕組みが存在しないということでもある。

かかりつけ医制度が機能していない

イギリスのNHSでは、患者はまず登録した家庭医(GP)を受診する。専門医にかかるにはGPの紹介が必要だ。この「ゲートキーパー機能」が、不必要な専門医受診と重複検査を防いでいる。

ドイツやオランダにも類似の仕組みがある。日本にはない。患者は自己判断で内科にも整形外科にも眼科にも行ける。結果として同じ症状で複数の医療機関にかかり、同じ検査を何度も受け、同種の薬を重複して処方される。

重複受診・重複検査のコスト

複数の医療機関にかかれば、それぞれで初診料・再診料が発生し、それぞれで検査が行われる。患者本人の負担は1割なので、重複していることに気づく動機がない。

そして日本はCT・MRIの人口当たり保有台数が世界最多水準だ。設備があれば使う。使えば収入になる。使っても患者は1割しか払わない。三拍子が揃っている。

主要国の受診コントロールの仕組み
受診の入口効果
日本完全フリーアクセス(紹介状不要)外来受診回数がOECD平均の約2倍
イギリス家庭医(GP)への登録が前提。専門医は紹介制不要な専門医受診・重複検査を抑制
オランダ家庭医がゲートキーパー同上
ドイツかかりつけ医制度を選択すると自己負担が軽減経済的インセンティブで誘導
フランス主治医を届け出ないと償還率が下がる経済的インセンティブで誘導

※制度の詳細と運用は国により異なる。

 

他国は「行きすぎ」を制度で抑えている。日本だけが、抑える仕組みを持たないまま1割負担を続けている。

大病院の紹介状なし受診の定額負担は導入されたが

2016年から、紹介状なしで大病院を受診すると特別料金(初診7,000円以上)が課されるようになった。方向性は正しいが、対象が大病院に限られる。

中小病院・診療所へのフリーアクセスは温存されたままだ。そして待合室を埋めているのは、まさにその中小の診療所である。

 

待合室の光景を変えるために——受診適正化の具体策

感情論で終わらせないために、実際に効果が見込める施策を整理する。

受診適正化で削減できる医療費(試算の目安)窓口負担の見直しと制度改革を組み合わせた場合受診適正化で削減できる医療費(試算の目安)窓口負担の見直しと制度改革を組み合わせた場合高齢者の窓口負担を2〜3割へ年2〜3兆円多剤処方の適正化・ジェネリック徹底薬剤費の10〜20%重複受診・重複検査の抑制年1兆円規模(参考)現役世代→高齢者医療への移転年13.5兆円3つを合わせれば年間4〜5兆円規模。現役世代の保険料率引き下げの原資になる
受診適正化で年4〜5兆円の削減余地

 

①窓口負担の引き上げが最も直接的に効く

価格が3倍になれば、不要不急の受診は明確に減る。「安いから行っておく」がなくなるだけで、待合室の混雑は変わる。

ただし必要な受診まで抑制されるリスクがあるため、高額療養費制度の上限は維持し、真に困窮する層には資産も含めた判定で低い区分を残す設計が前提になる。

②かかりつけ医制度の実質化

登録した医師を経由しないと自己負担が上がる、という経済的インセンティブなら、フランスやドイツが既に実施している。受診の自由を法で禁じるわけではないので、日本でも導入しやすい形だ。

③オンライン診療の本格解禁

定期処方だけのための通院は、オンライン診療で置き換えられる。物理的な待合室の混雑は直接的に減る。

だが日本のオンライン診療の普及は欧米より10年以上遅れている。理由は技術ではなく、対面診療を守りたい業界側の抵抗だ。

医師会がガンだ。既得権益団体が日本から吸い上げてる金を試算した

 

まとめ——この記事の要点

病院の待合室が老人で埋まる光景は、悪しき制度設計の帰結だ。1割負担・フリーアクセス・時間コストゼロという3条件が揃えば、誰でも同じように行動する。

医療をめぐる世代間の非対称——最終整理使う量・負担率・財源負担者のすべてが逆立ちしている医療をめぐる世代間の非対称——最終整理使う量・負担率・財源負担者のすべてが逆立ちしている現役世代75歳以上一人当たり年間医療費約16万円約90〜95万円窓口負担3割原則1割医療費の財源への拠出支援金として年7.5兆円本人保険料は財源の10%受診にかかる時間コスト半休・有給が必要ほぼゼロ外来受診回数(日本平均)OECD平均の約2倍を押し上げ使う量が6倍、負担は3分の1、時間コストはゼロ。この3条件が待合室の光景を作っている
使う量6倍・負担3分の1・時間コストゼロ

 

この記事の要点

75歳以上の一人当たり医療費は約90〜95万円。現役世代(約16万円)の約6倍

それでも窓口負担は原則1割。現役の3割に対して3分の1

後期高齢者医療の財源のうち本人保険料は10%。残り90%は税と現役世代の保険料

現役世代から高齢者医療・介護への移転は年間16〜17兆円(年収500万で年11〜13.5万円)

日本の高齢者自己負担はOECD中でも最低水準。米20%・独10〜20%・韓20〜60%

是正の方向は年齢ではなく所得と資産で負担割合を決めること

 

ムカつくのは正常な反応だ。自分の負担は自分で制度的に削りつつ、老人に怒りを向けろ。