1割負担が制度を壊している3つの理由

理由①:需要が価格で抑制されない

医療にも需要曲線はある。価格が下がれば消費量は増える。1割負担は、実質的に医療サービスを70%オフで売っているのと同じだ。

結果が、日本の外来受診回数がOECD平均の約2倍という数字である。必要な受診まで抑制しろとは言わない。だが「安いから行っておく」を放置する理由もない。

理由②:使う人と払う人が分離している

経済学でいうモラルハザードの典型だ。サービスを使う人(高齢者)と、その費用を負担する人(現役世代・納税者)が別人になっている。

コストを負担しない主体は、コストを気にしない。当然だ。これは高齢者の人格の問題ではなく、制度設計の初歩的な失敗である。

理由③:年齢で判定するから資産家まで優遇される

現行制度は所得に応じた区分こそあるものの、基本の枠組みは年齢だ。金融資産を数千万円持っていても、年金収入が低ければ低所得者として扱われる。

これは制度の設計思想の問題だ。本来「困窮しているか」で判定すべきものを、「歳を取っているか」で判定している。だから資産のある高齢者まで一律に優遇される。

同じ医療を受けたときの負担の違い年間の医療費が同額だった場合の窓口負担(高額療養費は考慮せず単純計算)同じ医療を受けたときの負担の違い年間の医療費が同額だった場合の窓口負担(高額療養費は考慮せず単純計算)現役世代(3割)75歳以上(1割)年間医療費30万円のケース9万円3万円年間医療費50万円のケース15万円5万円年間医療費90万円のケース27万円9万円実際の平均的な医療費約16万円約90〜95万円使う量が6倍多い側が、単価あたり3分の1しか払わない。差は掛け算で開いていく
同じ医療でも負担は3倍違う

 

 

2〜3割に引き上げると何が変わるか

批判だけでは意味がないので、引き上げた場合の効果を整理する。

高齢者の窓口負担引き上げによる効果(試算)
項目効果
後期高齢者支援金の削減年間2〜3兆円規模の削減が可能
現役世代の保険料負担月5,000〜10,000円の軽減
受診行動の適正化「安いから行く」受診の抑制。真に必要な医療への資源集中
薬剤費多剤処方の見直しが進みやすくなる
制度の持続可能性2040年の107兆円問題の緩和に直接寄与

※削減規模は前提条件により変動する概算。

 

月5,000〜10,000円。年間なら6〜12万円。これがあなたの手取りに戻ってくる金額の目安だ。

「高齢者が医療を受けられなくなる」への回答

必ず出る反論だ。だが3割にしても高額療養費制度は残る。月の自己負担には上限がかかるので、青天井にはならない。

そして本当に困窮している高齢者には、資産も含めた所得判定で1割以下の区分を残せばいい。主張しているのは「年齢による一律優遇をやめろ」であって、「貧しい高齢者から取れ」ではない。

 

 

世界と比べれば日本の異常さがわかる

主要国の高齢者医療の自己負担
高齢者の自己負担備考
日本原則1割OECD中でも最低水準
アメリカメディケアでも20%負担(限度額なし)民間保険での上乗せが前提
ドイツ法定疾病保険で10〜20%程度高齢者本人の保険料負担も相応にある
韓国外来20〜60%(入院10〜20%)日本より明確に重い
スウェーデン受診1回あたり定額(約1,500〜2,000円)年間上限つきの定額制

※制度の前提が国ごとに異なるため単純比較はできないが、日本の高齢者負担が国際的に軽い部類である点は共通した指摘。

 

どの国も「高齢者だから無料に近くする」という発想を取っていない。取っているのは日本だけだ。

そして日本だけが、その差額を現役世代の保険料という見えにくい形で埋めている。消費税なら大騒ぎになる規模の負担が、給与明細の一行に隠されている。

 

要求すべきことは明確だ

現役世代が要求すべき制度変更

年齢ではなく所得と資産で負担割合を決める——75歳という線引きをやめる

原則2〜3割へ引き上げ、困窮層は据え置き——支援金を年2〜3兆円削減

金融資産を負担判定に組み込む——マイナンバーとの連携で技術的には可能

削減できた分を現役世代の保険料引き下げに充てる——単なる財政再建で終わらせない

 

④が肝心だ。削っただけで他に回されたら意味がない。現役世代の保険料率を下げるところまでを要求に含めるべきである。

そして制度が動くまでの間、自分の負担は自分で削るしかない。

社会保険料をブッちぎりで下げる5つの方法【マイクロ法人・iDeCo・合法】

 

2022年の「2割負担」導入がいかに骨抜きだったか

2022年10月、後期高齢者の窓口負担に2割の区分が新設された。報道は「ついに負担引き上げ」と伝えたが、中身を見れば骨抜きだ。

対象は一部だけ

2割負担の対象は、一定以上の所得がある後期高齢者に限られる。後期高齢者全体のうち対象になったのは2割程度にとどまる。残りの大多数は1割のままだ。

配慮措置でさらに薄められた

しかも導入時には配慮措置が設けられ、外来の負担増加額に上限(月3,000円)が3年間かけられた。2割に上げると言いながら、実際の増加は月3,000円まで。

これでは行動は変わらない。価格シグナルとして機能しない水準に、意図的に抑え込まれている。

2022年改革の実際の効果
項目内容
対象一定以上の所得がある後期高齢者のみ(全体の約2割
残りの約8割1割のまま据え置き
配慮措置外来の負担増を月3,000円までに抑制(3年間)
現役世代の保険料軽減効果年間数百億円規模にとどまる
本来必要な規模原則2〜3割化なら年2〜3兆円の削減

 

数百億円と数兆円では、桁が2つ違う。「改革をやった」というアリバイ作りにはなったが、財政効果としては誤差の範囲だ。

なぜ骨抜きになるのか

答えはいつもと同じだ。投票率70〜75%の3,800万人を敵に回す政策は、選挙で負ける。だから「やったふり」で終わる。

本気で財政効果を出すなら、対象を全体に広げ、配慮措置を設けず、資産も判定に含める必要がある。それができない理由は財政ではなく政治だ。

 

高額療養費制度という第二の壁

窓口負担率だけを見ていると見落とすものがある。高額療養費制度だ。

負担率を上げても、上限で吸収される

高額療養費制度は、月の自己負担が一定額を超えた分を払い戻す仕組みだ。所得区分によって上限額が決まる。

ここに問題がある。住民税非課税世帯の区分では、月8,000円程度で頭打ちになるケースがある。つまり窓口負担を3割に上げても、月8,000円を超えた分は戻ってくる。

年間90万円の医療を使っても、本人の実負担は年10万円弱で済む計算だ。負担率の議論だけでは、この構造は変わらない。

年間医療費90万円を使った場合の実質負担窓口負担率を上げても、高額療養費の上限で吸収される年間医療費90万円を使った場合の実質負担窓口負担率を上げても、高額療養費の上限で吸収される3割負担・上限なしの場合(単純計算)27万円1割負担・上限なしの場合(単純計算)9万円実際(低所得区分・月上限8,000円程度)年10万円弱(参考)現役世代が支援金として払う額年4〜5万円上限があるため、負担率を上げても実負担はさほど増えない。上限自体の見直しが必要
高額療養費の上限が負担増を吸収する

 

所得区分に資産が入っていない

高額療養費の区分は所得で決まる。資産は見ない。

したがって金融資産が数千万円あっても、年金収入が低ければ最も有利な区分に入る。一方、働いて年収500万円を稼ぐ現役世代は、貯金がゼロでも高い区分に置かれる。

本気で是正するなら3点セット

窓口負担率の引き上げだけでは足りない。①負担率 ②高額療養費の上限 ③資産の判定への算入——この3つを同時に動かさなければ、財政効果は出ない。

技術的には難しくない。預貯金口座へのマイナンバー付番は既に制度として存在する。できない理由は政治だけだ。

高齢者が優遇されすぎておかしい。恵まれすぎた世代の実態を数字で並べる

 

まとめ——この記事の要点

後期高齢者の1割負担は、使う量が6倍の層に3分の1の価格を提示する制度だ。2022年の2割負担導入は対象も効果も限定的で、構造は変わっていない。

窓口負担をめぐる日本の異常使う量・負担率・判定基準のすべてが逆立ちしている窓口負担をめぐる日本の異常使う量・負担率・判定基準のすべてが逆立ちしている諸外国(米・独・韓等)日本高齢者の自己負担10〜60%原則1割負担の判定基準所得+資産で判定する国が多い年齢が基本受診の入口家庭医のゲートキーパー制フリーアクセス外来受診回数OECD平均 年約6回年約11〜12回結果需要が価格で抑制される抑制手段がない高齢化はどの国も同じ条件。差がつくのは制度設計である
負担率も判定基準も日本だけが異質

 

この記事の要点

75歳以上の一人当たり医療費は約90〜95万円、現役世代の約6倍

窓口負担は高齢者1割/現役3割——使う量が多い側ほど単価が安い

2022年の2割負担は対象が全体の約2割月3,000円の配慮措置つきで骨抜き

高額療養費の上限(月8,000円程度の区分)が負担増を吸収してしまう

区分は所得のみで判定し資産を見ない——数千万円あっても優遇対象

是正には①負担率 ②上限額 ③資産の算入の3点セットが必要

 

主張は「貧しい高齢者から取れ」ではない。「年齢による一律優遇をやめ、所得と資産で判定しろ」だ。諸外国が既にやっていることであり、反論の余地は乏しい。